美術展・写真展・アルバム

2016年10月24日 (月)

宇宙と芸術展

森美術館で開催中の「宇宙と芸術展」、hさんと観て来ました。

一番惹かれたのは、コンラッド・ショウクロス『タイムピース』 

日時計の移ろう影をずっと眺めていたかった。椅子を引きながら繰り返し日没を眺め続けた星の王子様みたいに。各々の回転は何を表しているんだろう?と電球を凝視していたので目が変になりました。

国友一貫斎による日本で最初の反射望遠鏡(グレゴリー式)

とても小さなもので、副鏡支持は1本。こんな小さな副鏡や、中心穴のある主鏡も、どうやって精度を出したんだろう。これを使って観測されたという太陽黒点の夥しい事。ゴミもカウントしちゃったのかな、それとも極(最)大期だとこんなに出るのかしら。

コペルニクスの『天球の回転について』、ガリレオの『星界の報告』、ニュートンの『プリンキピア』等々の貴重な初版本を見る事が出来たのも嬉しかった。所蔵の金沢工大は、昔アルバイトをさせて頂いた御縁のある懐かしい名前。

ヴォルフガング・ティルマンス『ガイド星、ESO』は、天体写真を撮る人にはウケそうです(星が楕円なのはシーイング?説明をちゃんと読まなかった)

”宇宙開発の父”ツィオルコフスキーのいろんなアイディアスケッチも面白かったし、日本のUFO譚「虚ろ舟」は初耳で興味深かった。

ジア・アイリの絵『星屑からの隠遁者』に、グレゴリー・ベンフォードの表紙を連想したのは何故だろう。ハヤカワ文庫の現物が手元に無いので検索してみましたが、似てなかった。

展覧会の紹介記事があったのでリンクしておきます。

http://www.pen-online.jp/feature/art/the_universe_and_art/1/

幾つかの作品を見て漠然と思ったのは、ここに展示されている人間の作った”アート”より、デジタル技術を備えた現代の天体写真が切り取る”ありのまま”の宇宙の姿の方が魅力的かもしれないということ。

例えば、北山義夫『この世界の全死者に捧ぐ』に物足りなさを感じてしまう。宇宙はもっと繊細で奥行きがあってミステリアスなのに、と思ってしまいます。

先日APODにUPされた152時間露光のポンプ座の銀河とか、

http://www.rolfolsenastrophotography.com/Astrophotography/Antlia-Galaxy-Cluster/

今のアマチュアの撮る天体写真も、そのまま鳥肌の立つアートになり得るかもしれない。

人物画や風景画が写真と共存できるのは、人の眼が捉える陰影や微妙な色彩を写真で再現するのが難しいから。宇宙はそもそも画家の眼に直には見えないし、人間の作為を超えているのに妙に人間的な景観があったりもする。

いつも黒い宇宙空間の色調や階調を失うまいと苦労しているので、描かれた背景の夜空の無造作な扱われ方に興醒めしてしまうのかもしれません。

なんだか「木を見て森を見ず」的感想に終始してしまいました。

2010年7月 5日 (月)

国立新美術館へ

Nさん、hさんと「オルセー美術館展」を見ました。

モネ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、ボナール、ルドン、ルソー、、、名前だけじゃなくそれぞれの作品の質も高くて、とにかく豪華。普通の美術展ならゆうに3,4回分の充実度なのに、気持ちが散漫になっているのかじっくり観る気力が無くて、概要だけ追いながらボンヤリ流してしまった。

マクシミリアン・リュス、モーリス・ドニの赤と緑の絵、ポール・セリュジュの『護符(タリスマン)、愛の森を流れるアヴェン川』、ルドンの『キャリバンの眠り』など、色のキレイな小品に惹かれた。モローの『オルフェウス』は今の私にとっては恐ろし過ぎる絵だわ。

ミッドタウンでランチを食べながら、ひとしきり天文談義(主に赤道儀と日食の話)。ミートローフの中が赤いので心配になる。Nさん、お腹大丈夫でした?

今日は天文誌の発売日なので両誌を求めゾロゾロと書店をハシゴすれども、お互いに応募作は見当たらず残念。

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夫は今夜から成田に前泊して明朝のフライトです。携帯の解約や自家用車の引き取り、啓のアパートの回線工事の予約など、直前までバタバタしてた。

夕食は、金目と平目と鯵のお刺身・インゲンの胡麻和え・蓮根と人参とモロッコインゲンのキンピラ・モロヘイヤと茗荷の卵とじ・買ってきた糠付け、そして納豆。

2010年2月28日 (日)

しながわ水族館へ

hさんと一緒にクラゲとクリオネを見に行って来ました。

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待ち合わせより早く着いてしまったので駅近くの喫茶店で待つ間、サイフォンでコーヒーを淹れるのを見ていた。カウンターに並んだ電熱器の上に一人分ずつのフラスコが置いてあり、赤く照らされた水がボコボコっと沸騰すると漏斗が挿され、お湯が上がって行ってコーヒーが下りて来る。

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↓火星人のカップルではなくピンボケのクラゲ。

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↓クリオネってこんなに小さいのね!小指の先程。このほかに中身が黒いのも居たけど別の種類?

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ドクターフィッシュの水槽に手を入れてみる。。。きゃ、くすぐったかわいいっ!隣の水槽では親子連れの、お父さんの手には鈴なりに群がっているのに娘さんは「私の所に来ない~」と言っているのが可笑しかった。

それにしても生き物ってホントに多種多様。「どーしてこんなカタチしてるの??」「この模様は何の為に?」といちいち驚いてしまう。地球の年齢からすれば比較的短期間の進化でここまで枝分かれする事を考えると、今の人間だって例外じゃないはずと思う。

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大森駅近くで昼食を食べている時、「津波で東海道線が止まってる」と夫からのメール。そんな事になっていたとは知らなかった!横浜から相鉄線に乗り換え、海老名経由で帰りました。

2010年1月31日 (日)

「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン-東洋と西洋のまなざし」展

恵比寿の東京都写真美術館へ。

「木村伊兵衛賞」は知っていたけど、木村伊兵衛がどんな写真を撮った方なのか知らなかった。スナップショットの写真展を見るのもたぶん初めて。こんなに心を動かされるものとは予想してなかった。

東西二人の作品を較べると、アンリ・カルティエ=ブレッソンの写真は絵画的。リズム感があり画面がすっきり洗練されている反面、「こう見せたい」「これ面白いでしょう」っていう作者の意図を強く感じてしまう。(殆ど宗教画と見まごう「スリナガル、カシミール、インド」に、クラークの『楽園の泉』を思い出した)

対して木村伊兵衛は、「これはどういう場面なのだろう?」と見る者に考えさせるような写真。ただ淡々とその情景を切り取り、そのままこちらに提示しているような。だから作為的な押し付けがましさを感じない。

『自宅から 東日暮里』子供のサンダル履きの足元や、『大曲市内小友』子供にすがりつかれている母親の顔が笠に隠れて見えないのとか、つくづく良かった。

女生徒達を間近に顔をほころばせる『永井荷風』画面の別の男性にピントが合っているのがかえって面白い。『鏑木清方』は額のテカリと生え際にピント、『織人 八木虎三』は鋭い眼差しよりも「シワ」のインパクトが強烈。

画面の中でわざと水平を傾けているのも新鮮だった。ブレッソンの「決定的瞬間」に対して「ちょっと外した」感じ?型に填まっていない。人間の視線のゆらぎも包括して、でもよくよく見ると画面の隅々にまで無駄が無いのがすごい。

コンタクトシートの展示も興味深かったのですが、老眼で良く見えなくて悲しかった。連続で同じ構図で明るさを変えて撮っているものもありました。

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三越のニャーベトナムのイートインでフォーを食べ(ちょっと落ち着かないスペース)、子供達へのお土産にファクトリーシンのミルキーロールを買って帰りました。

2010年1月14日 (木)

神奈川県立近代美術館へ

鎌倉へ行ってきました。

まずは小町通り入ってすぐのイワタコーヒーで、名物の30分待ちホットケーキと美味しいコーヒーを頂く。この厚さだから一皿を二人で分けて丁度いい。表面がカリッとしているのは、型に流してフライパンで焼くのかな?

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県立近代美術館鎌倉館では、「内藤 礼-すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」(このタイトルはジョルジュ・バタイユ『宗教の理論』による)

こういうの、「インスタレーション」という現代美術における表現方法の一つだそう。作家はオブジェや装置を配する事によって構成・変化させた空間そのものを作品とし、私たちはそれを体感する(観るだけでなく)。言われてみれば横浜美術館や横浜トリエンナーレにもありました。

暗い室内に点在する電球灯に可愛らしいプリントやリボンが添えられているのは、各々の個性で光る人間みたいに思える。屋外の展示にとって今日はたぶん絶好のお天気。青空にひらめく白いテープや、水面の反射にゆらめく白い天井は、曇りの日にはどんなだろう。

そこにそのモノが鎮座ましましているだけで、忽然と非日常な光景が出現する・・・遠い記憶の雪の朝、玄関のドアを開けたらステップに並んで置かれていた雪の玉。こないだのTV(「珍百景」だったか)で畑の入り口に立っていた木戸とか。

神社などの信仰の場所も一種のインスタレーションと言えないだろうか、それも凄くスケールの大きな。

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別館まで足を延ばすと、そちらは「イギリスの版画」展。ウィリアム・ホガースの連作版画(「描かれた道徳」と呼ばれたそう)興味深く観た。ウィリアム・ブレイクの『神曲』は娘達の好きなハガレンを連想した。

ヘンリー・ムーアの『ストーンヘンジ』シリーズ。なるほど石を描いても『見張り』とか『月明の滝』とかタイトルを付けると、観る側も知らずその含意を汲み取るのね。これが単に『1』『2』『3』...って番号だけの絵だったら何の意味も付加できない・・・と考えていると、その先に『ストーンヘンジA』『ストーンヘンジB』『ストーンヘンジC』というタイトルが現れたので思わず笑ってしまった。これはこれで自由な発想を促されるものだと解りました。

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遅い昼食をなかむら庵か左阿彌で食べようと思っていたら、木曜日はどちらもお休み。たまたま入ったOXYMORONというお店が雰囲気も良くてカレーも美味しかった^^

豊島屋で真悠に頼まれた「鳩三郎ストラップ」を買って帰りました。

2009年12月27日 (日)

日本科学未来館へ

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(未来の食糧?ミドリムシの培養槽を携帯で撮ってみた)

hさんと娘2人とで年内最終日の未来館へ。暮れの忙しい時にもかかわらず結構混雑してて驚いた(自分の事は棚に上げ)。

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企画展;「おいしく、食べる」の科学展

味覚には、甘味~エネルギー源の味・塩味~ミネラル分の味・旨味~アミノ酸の味・苦味~毒の味・酸味~腐っているものの味 の5つがある。

「旨味」は日本人(池田菊苗)によって発見された味覚で、海外でも「umami」だそう。昆布にはグルタミン酸、干し椎茸にはグアニル酸、肉やカツオ節にはイノシン酸。

ものを食べると快楽物質エンドルフィン(脳内麻薬)や抗不安物質(?記憶に自信無し)が分泌され、その多幸感がまた食べる行為にフィードバックされる。なるほど、まさに私が過食にハマるパターンはコレなんだわ。

食品工場の映像も面白かった。目白押しで行進する卵たちや、くねくねしながら油に入っていくエビフライ。大根・人参の皮むき機の複雑なカッターにも試行錯誤がうかがえて感心しました。人工光で水耕栽培されたレタスの方が露地ものよりもビタミンA、Cが多いというのも意外。

全体にはアマチュアっぽいというか、展示のまとまりに欠ける印象もあるけど、楽しめました。

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常設展;3階

原子間力顕微鏡、走査型プロープ?トンネル?顕微鏡、量子コンピューターなどの展示に興味があるけど、「こういうのが理解できたら面白いだろうなぁ」と歯痒く思いつつ、いつも解らないまま帰途に着く・・・・

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ドームシアターガイア;「BIRTHDAY」

専用ゴーグルをかけると左目で赤、右目で青が見える。左目が不自由な私にも何となく立体的に見えました。月の誕生、火星の表面、漂い周回する微惑星、銀河が形成される場面などが直ぐ目の前に見える。自分が宇宙空間に浮かんでいて、銀河や星々のかけらが顔をかすめていくような感じさえする。

泡構造が拡がっているシーンが良かった、空から銀河が降ってくるみたい、なぜか癒される心地になる。でもこれが長く続くのでつい眠くなっちゃう・・・その時、誰かのイビキが聞こえてきて思わず皆笑っていました。効果音ぽいBGMも押し付けがましくなく映像に没頭できた。

ただ、「リンゴや私達の身体を構成する粒子は、宇宙の誕生に由来している」というメッセージが、具体的な映像を伴わずにナレーションだけで説明されるのは物足りない。たぶん娘達にもその繋がりがピンと来なかったのじゃないかと思う。

もうひとつの、谷川俊太郎さんの番組も見てみたい。あと、レストランのバイキングは×!です(笑)

2009年11月30日 (月)

速水御舟-日本画への挑戦-展

昨秋の平塚美術館を観て以来心待ちにしていたのに、大雨やインフルエンザで日延べしているうちに最終日になってしまいました。10月に新設移転した山種美術館の開館記念特別展。恵比寿駅からだらだら坂を10分程上って漸く着いた。

31歳の時に描かれた『炎舞』を観たかった。会場では薄暗い闇の中に炎が浮かび上がるようなライティングが施されていて「おおっ!」と最初は思ったけれど、御舟自身が「もう一度描けと言われても二度とは出せない色」と言った黒に朱を混ぜた背景の色合いが解り難くて、演出過剰と感じる。

重文でもあるこの傑作に不遜を承知で書いてしまえば、幾つか私の銀河画像と似ている所がある・・・漆黒ではない明るめの背景(レベル50位?)はラシャのような温かい質感でたゆとい、炎や蛾の輪郭は外周の淡い「腕」を経て、SN良くその闇に溶け込んでいる。近くに寄ってみると、絹目によるものかしら、縦横に走る「ノイズ」も闇の柔らかさに一役買っているみたい。

もうひとつの重文『名樹散椿』は、金砂子を竹筒に入れ振りまいては潰していく「撒きつぶし」によるマットな金の背景。1本の幹から5色の花を咲かせ花びらで散るという「散椿」は実在するそう。『紅梅』『白梅』も良かった。こちらも薄墨の部分の布目ノイズが密かに効いている。

今回の回顧展は山種所蔵のものが殆どなので、平塚で観た絵と重なりが無かった反面ちょっと物足りなさも感じたのは、私がまだ御舟ビギナーだからかもしれません。36歳の時に横山大観らと渡欧した折の、奥さんや娘さんへの葉書が微笑ましかった。

2009年8月22日 (土)

『宇宙へ。』

http://www.we-love-space.jp/

昨夜の夕刊で「明22(土)はどなたでも500円!」という広告を発見。この映画観たい、子供達にも是非観せたいと思っていたのよ。「ああいうの見ると、私の考えてることって小さいなぁって思う」とは観終わった娘の感想。

最近の美しい映像を見慣れた目には、ジェミニやアポロの船窓からの映像が古びて見えるかもしれない。でもだからこそ、こんな画質しか撮れない時代に彼らが成し遂げた事の価値に胸が熱くなる。

「タイタンロケットの打ち上げは5回に1回は失敗・・・まるでロシアンルーレットのようだ」というナレーションの通り、凄まじい爆発シーンの連続。成功したのも炎と煙の物凄さにひるんでしまう。スペースシャトルだって未だ太い燃料タンクを抱えて飛ばねばならない。宇宙(外界)に出ていくこと=地球の重力を振り切ることの大変さを改めて感じた。

訓練中火災に遭った船内の映像もあった。小学生の時にノンフィクションを読んで衝撃を受けた事故だ。

「その朝が来るなら私達はその朝に向かって生きよう。私達は血を吐きつつ、くり返しくり返しその朝を越えてとぶ鳥だ!」というナウシカの台詞を思い出す。不屈の精神は国民性なのかしら。管制官のコントロールパネルに「DONT PANIC」というワッペン?が貼ってあったそう(<娘)

『人類月に立つ』『アポロ13』も観たけどすっかり記憶が薄れていた。アポロ11号の月面着陸は、夏休みの絵日記に描いた「絵」を憶えているのにTVで見た記憶が全然無いのだけれど、こんなにハラハラするものだったのね。

月面車の映像は夫も見た事が無いと言っていましたが、初めて見た気がする。横すべりしながら月の砂漠を軽々と走っているシーン、こんな事がホントにできた時代があったんだ?とても不思議。

燃料ロケットを切り離す時、落ちていくロケットを本体側から捉えた映像と、逆に切り離された側から撮られた映像、この場所にカメラを設置したアイデアに感心。命綱無しの宇宙遊泳も、こうして動画で見るとすごい事だと思う。ああ本当にこの映像は驚異的だ。

HSTがスペースシャトルで運ばれたというのも知らなかった。ハッブルが撮った画像数枚が紹介されると後ろの座席のほうから「スゲェ」と声がした。私だってこういうの撮ってるのよ(?)と心の中で威張る。

さて、欲を言えば静止画(写真)は入れず動画のみで見せて欲しかった。あとエンディングは唄無しの方が・・・スペースシャトルの二度の事故の重苦しさを、皆引きずっていたと思うので。

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夕方キレイに晴れていたので気にしていたけど、帰宅する頃には曇っていました。今夜は撮影できそうにありません。

2009年8月19日 (水)

海のエジプト展

日曜日、みなとみらいのパシフィコ横浜で開催中の「海のエジプト展」に行ってきました。K山さん・エジプトLOVEのHさんと一緒。入場料2300円は高っ!と思ったけど、中に入って展示を見たらスケールの大きさと充実度に納得しました。以下、備忘録。

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・「カノープス」というのは都市の名前

・「デカンの祠堂」:神の像を安置し礼拝するための祠。古代エジプトでは黄道の南側の星空を37等分して星座とし、それを祠の表面に刻んだ。「デカン」は「星」の意味。

・首のとれた「王妃の像」は衣の襞が日本の観音像みたいと思ったけど、プトレマイオス朝の王妃像の特徴的なショールの結び方(イシス結び)が見られる。

・ヒエログリフが刻まれた「ステラ」=石碑の展示が興味深かったけど、星のステラとは同じ語?検索したら「ステラ」っていうエジプトビールもあるのね。

・エジプトの神々(()の中はギリシャでの信仰)は3人家族

a)アメン神;テーベの主神(ゼウス) ムウト神(ヘラ) コンス神;月の神()   

b)オシリス神;冥界の王(ディオニュソス、バッカス) イシス神(デメテール)  ホルス神;頭部がハヤブサ。幼児期はハルポクラテス(アポロン)

冥界の王がバッカスだというのが謎でした。コンス神がギリシャでは何だったかどうしても思い出せません・・・・

※トゥーランドットY(←何と読むのだろう?)クレオパトラのランチ&ココナッツアイスに大満足♪

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(日食のお土産:Hさん御馳走様でした~)

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2009年8月14日 (金)

ゴーギャン展

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(尾瀬にて)

夕方の国立近代美術館で待ち合わせ、一家で『我々はどこから来たのか?我々は何物か?我々はどこへ行くのか?D'ou venons nous? Que sommes-nous? Ou allons-nous?』を観て来た。

佐治さんの本などにも紹介されているし「凄い絵に違いない!」という先入観に染まっているのかしらと疑いもしたけれど、対面叶った時は雷に打たれたような感動。素晴らしい。足を運んで良かった、「好きな(描きたい)絵」ではないけれど傑作と思う。

予想していたよりも深く落ち着いた色調は、日本の屏風絵を連想した。画面の中心近く、天地を大胆に縦切って伸び上がる金色の裸体は、女性?男性?諸説あるみたいだけれど私は若い青年と見る。

青白い月の女神ヒナの傍で横顔を見せている若い女性は、制作の年の1月に亡くなった愛娘アリーヌだろう。この大作は彼女の誕生日に合わせて急いで描き上げられ(一部は未完成のようでもあり)、その直後ゴーギャンは砒素による服毒自殺を図った(未遂に終わった)。

手元の画集に、彼の最晩年の言葉がある(『アヴェン・エ・アプレ』より)

「はてしなき辛苦。そうでなければ、いったい人生に何の価値があるか。」「人生とは意志的に生きるのでなければ、また意志の程度によってしか意味をなさない。」

自分は価値あるものを創造できるという自負、ブレイクスルーへの期待に満ちた転地、しかしそこは楽園では無く、作品もいっこうに評価されない・・・ちょっと身につまされます。

それにしても、妻子を放って自分の芸術を追求する遍歴に出ながら、いつまでも家族に愛され続けたいなんて虫が良過ぎ。きっと解っていたのでしょうけれど。

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